2012年11月01日

龍神村フィールドワーク6 (出会い淵のゴウラ)



出会い淵のゴウラ
                              文・小谷博史さん

 この話はのう、大熊にずいぶん古くから伝わる話じゃ。この大熊の前には、日高川の本流と高野龍神スカイライン沿いに流れる古河谷が出会う所に、出合いの淵と言うて、青黒い水がとろりとろりと渦巻くそれはそれは大きな淵があった。 
 その上に架けられた欄干橋から淵をのぞくと、知らず知らずに淵の中へ引き込まれていくような気になってくる気味の悪いほど深い淵じゃった。里の人々は魚を釣りに行っても、この淵だけは「くわばら、くわばら」と避けて通り、夏の熱い日でも決して出合いの淵では泳いではならんと、子供たちに厳しく言い聞かせておったそうじゃ。と言うのも、いつの頃からかこの淵には一匹のゴウラ(河童)が住み着いていたからじゃ。

 ---ゴウラ---、それは本当に不思議な姿をした生きものでのう。形は人間のようじゃが、頭のてっぺんには皿みたいなもんをかぶり、口は鳥のくちばしのようにとがり、目はまばたきもせんヘビの目みたいで、背中には細長い甲羅を背負って、体中からいつもぽたぽたと水をたらしておった。
 そして何よりもみんなをおそろしがらせている事は、ゴウラは人間はもちろん、生きものすべてのはらわた(内蔵)が大好物じゃったからじゃ。知らずに淵へ近づくけものや人間に、そろりそろりと近づいて淵へ引きづり込み、おぼれさせておいてから、尻の穴からはらわたを引き抜いて食ってしまうんじゃと。

 ゴウラが近づいて来ると、何とも言えん生臭いにおいが漂うてのう。川の水も水あめのようにねばりつくようになって、水の中から逃げ出そうにも体が思うように動かんようになってしまうんじゃ。
 里の者は、何とかしてゴウラを退治したいと思うて相談したこともあったが、何せ相手は水の中を住み家にして、めったに人に姿を見せんし、淵へ近づけばゴウラに取って食われるし、ええ知恵も出んままずうっと生活をしていたそうな。

 さて、この大熊の里の者の中に、治郎作(じろさく)という男がおった。治郎作は大変な働き者で、朝は早うから畑を耕し、夕方はかみさんが「おとう、ええかげんに夕めし食べようろよう」と呼ぶまで働きどうしじゃった。
 そのせいか、近ごろでは生活も少し楽になって、年とって力の弱くなってきた牛を、若い力のある牛に替えられるほどになっていたので、牛方に頼んでようやくりっぱな牛を手に入れたところじゃった。

 この牛がまた、たいがい大きな牛で他のどの牛よりも倍は力が強かったので、治郎作はこの年、誰よりも早く田起こしを終えることができたそうな。
 治郎作はたいそう喜んで、田んぼ仕事が終わって牛を休ませた日に、出合いの淵の少し下流にある「ゆのくら」という淵の尻へ「ここならゴウラの心配はいらんじゃろう」と言いながら牛を追い込んだ。
 そして「よう働いてくれたのう、お前のおかげでこがいに早う田んぼもすんだ。ほんまにおおきに。今日は体を洗うてやるさかい、ゆっくり休めよ」と言って、牛の頭から足の先までごしごしとこすって洗っておった。牛も気持ちよさそうに目を細めて、時々長いしっぽでぴしりぴしりとアブを追っておった。

 そのうち、何やら生臭い臭いがするような気がして、治郎作が鼻をひくひくさせてあたりを見回すと、何と、川の水までとろりと水あめのようになってきたんじゃと。
 驚いた事にゴウラのやつが、その水の中をすいすいとくぐって来て、やっとの事で水の中からはい出した治郎作には目もくれず「ガバッー!」と姿を現すと大きな牛のしっぽにしがみついて、水の中へ引き込みにかかったそうじゃ。

 牛は驚いて「もぉーっ、もぉーっ」とあばれだし、水からあがろうともがいたが、ゴウラも必死でひっぱるし、水はねとりねとりと粘りついて体が思うように動けん。
 そのうちじりじりと深みの方へ、牛が引っぱり込まれだした。治郎作は岸でぶるぶるふるえておったが、このままでは大事な牛がやられてしまうと気がついて、牛の追い綱を取ると、力いっぱい引っぱった。並の牛ならとっくにはらわたを抜かれる所だが、もともと力が強い。治郎作に力づけられた牛はゴウラにしがみつかれたまま、一気にどどどーっと岸へ飛び上がったそうじゃ。

 さて今度はゴウラの方が驚いた。おかへ上がってしもうたら、水の中の十分の一の力も出んらしく、牛にふり落とされんように、しっぽにしがみついておるだけで精一杯。あれよあれよというまに大熊平まで引こずり上げられてしもうたそうな。
 牛がみょうな物を引っぱって、どかどかと走ってきたので、皆は何事かとわいわい寄り集まって牛を取り押さえておどろいたんじゃ。あれほど恐れていたゴウラが、牛のしっぽにしがみついて口をぱくぱくして苦しがっておるではないか。
 「今じゃ、今じゃ」と手に手に棒やくわを持ってやって来ると、「ようも今までわしらの仲間や、わしらの牛を殺してくれたのう。今こそ恨みをはらしちゃるわい」と言うて、たたき殺そうとしたんじゃ。

 そこへ騒ぎを聞きつけたお寺の和尚がかけつけて来て、「やれ、待て待て。殺生はいかん。皆ちょっとだけ待ってくれ」と言うて皆を止めたんじゃ。
 「皆の衆、腹の立つのはようわかる。けどこいつを殺しても、死んだ者はかえって来やせん。わしにええ考えがある。まぁまかせてみい」と言うと、皆は「坊さん、どがいにするおつもりじゃ」と坊さんの方へ寄ってきた。
 坊さんはゴウラの前に行くと、「これゴウラ、よう聞け。おまえは今まで何人もの人々や何頭もの牛を殺してきた。ここで皆に叩き殺されても文句は言えんぞ。じゃが、お前がほんまに悪かったと思うて、わしの言う事を聞くなら命だけは助けてやろう。どうじゃ」と聞いたんじゃと。

 ゴウラはおかへ引っぱり上げられて力は出らんし、大勢に囲まれて今にも頭の皿をたたき割られそうで恐ろしゅうて、わなわなふるえておったので、一も二もなく「お坊さま、何でも言う通りにします。どうか命だけはお助けください」と、水かきのついた両手を合わせてぺこぺこと頭を地面にこすりつけたそうじゃ。
 「よし、そんじゃお前は、これから夏の間中、大熊平にある田んぼという田んぼに入って草取りをせえ。そうすれば命を助けてやろう」と言うと、ゴウラは「はいはい、何でもいたします。とにかく今は頭の皿が乾いて苦しくてたまりません。どうかお願いですから、皿に水をかけてください」と頼んだんじゃと。
 坊さんは水を汲んでこさせると、ゴウラの頭にざぶざぶとかけてやったそうな。ゴウラは元気を取り戻すと、坊さんと里の皆に礼を言うて急いでこしらえたオリの中へ入って行ったそうな。

 明くる日からゴウラは、牛のように腰へ縄をつけられて、棒を持った男に見張られながら田んぼの中で草取りをさせられたんじゃ。七日たち、十日たちするうちに、下の出合いの淵が恋しくていてもたってもおれんようになってきてのぉ。それに毎日明けても暮れても、泣き出したいほどつらい仕事が待っとる。
 ようやく治郎作の田んぼが終わって清吉の田んぼへ行き、そこもやっとこさ終わって来てみると、もう治郎作の田んぼには草が青々とはえている。「こりゃたまらん」と、とうとうゴウラはおいおい泣き出してしもうたんじゃと。

 皆もゴウラがあんまり悲しそうに泣くもんじゃから、少しばかり可哀想になり、寺へ行って和尚にどうしたもんかと相談したそうじゃ。
 ほいたら和尚はゴウラに言ったんじゃ。「もう二度と悪さをせんと約束できるか。それができれば放してやろう」。ゴウラは「二度と悪い事は致しません。これからは反対に、この川で人々がおぼれたり、流されたりしないように私がお守りしてゆきましょう。この約束は、この寺の庭に松の木が生えるまで、決してやぶりません」と、里の人々とも固く約束をして、それを石に刻んで寺の手水鉢(ちょうずばち)の下へ埋めたそうな。

 それからみんなに連れられて、出合いの淵に放してもろうた。ゴウラは久しぶりになつかしい住み家へもどれたので、その喜びようはたとえようもなかったそうじゃ。何べんも淵の上へ頭を出しては、みんなの方に手を合わせていたが、やがて水の中へ消えると二度と浮かんではこんかったそうじゃ。 
 それからは別に、出合いの淵の回りで、人やけものがやられたという話も出んようになってのう。みんな、安心したそうじゃ。
 そしてゴウラとの約束が、いつまでも破られないように、この寺の庭には、小さい松と言えども、決して植えてはならんと言う言い伝えが残ったそうじゃ。

 そやさかい、今でも龍蔵寺の庭には松の木は見とうても、ないんじゃよ。これでわしの話も終わりじゃ。さぁ、もうみな寝ろらよ。

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【メモ】

●龍蔵寺の開基は応永31(1424)年で、龍神一族の菩提所として建立された。ここの和尚さんは、狼の話、佐治兵衛と山の神、ゴウラの話にやたらと出てきて大活躍。村誌には歴代住職の名と亡くなった年月が記されているが、1440年に最初の住職が亡くなり、その後1967年まで15人。

DSCF3659.jpg

●これが噂の手水鉢。後ろに木製の看板があり、ゴウラ伝説が書かれていたのだと思うが、朽ちて読み取ることがでない。無念なり。

DSCF3658.jpg

posted by きたうらまさこ at 23:48 | TrackBack(0) | 紀州の民話・伝説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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