6軒ほどの家が点在する西垣内(にしがいと)の集落を下に見て、5分ほど走って到着したのは「犬戻り猿戻り」。言うまでもないが、あまりに険しい崖で犬も猿も越えられなくて帰りました、の意。150年前、長尾熊吉さんが狼の子どもを見つけた崖がある場所だ。
「五百原谷川」と刻まれた橋の上から、4人並んで渓谷を見下ろす。日高川の源流がずいぶん下のほうに見えた。
「こんなとこへ、よう道つけたもんや」と小谷さん。かつての姿を知っている方にとっては、まさかの大変貌なのだろう。

川をはさんで、向かいの山の中腹には、人が歩ける細い道があるそうだ。150年前、長尾さんはそこから覗き込んで狼の子を見つけた。
母狼に向かって「おーい、子ども一匹おいといてくれー。大事に飼うさかー」と言っておいたら、必ず一匹その場へ残しておいてくれる、ものらしい。
長尾熊吉さんは藤かずらや木の根を伝って崖をおりていき、狼の子をふところに入れた。そして姿の見えない母狼に「もろうていくでー。大事に飼うさかいなぁー」と大声で呼びかけたとか。

「わしも50年前ほど前に、おやじと木を伐り出したのはこの場所や。初めての山仕事やった」
山を見上げて小谷さんが言った。
そして、
「あの山の、こっち側が奈目良(なめら)さんの家があったとこや」と、ふいに。
気になっていた名前が出たので、はっとする。村誌(昭和62年編さん)に名前のあった方だ。奈目良宗市さん。熊には霊力があるから、昔はふんどしで熊の目を隠したという話をした猟師さんである。
奈目良さんが住んでいたのは、西垣内からは1キロほど上流で、半時間歩いてたどり着く五百原の在所。もとは7、8軒の民家があったというが、昭和28年の水害で山津波に呑まれ、集落はなくなった。(もしかしたら八幡さんの大木もその時に流されたのかも)
「その後、荒廃しきった土地にしがみつき、わずかばかりの田畑と椎茸とそしてクマ捕りに生命をかけてきた人、それは奈目良宗一氏ただ一人であった」と村誌は記録している。
今、廃墟となった五百原はどうなっているのだろう。殿垣内から西垣内をへて、歩いて行ってみたい。どんな場所で、どんなふうに、山の人たちは暮らしてきたのか。
夜とか、ものすごく深い闇なんだろうな。
広大無辺な樹海の入り口で、妄想にまみれる。

ここで再び、宇江敏勝さんの『山の木のひとりごと』「マヨヒガ」の章より。
たとえば一つの川筋を一本の木だとして、川かみの支流の集落を根だとすると、いままさにその根の部分が腐食し消滅しているのだ。木の幹にあたる川しもの町や村の中心部にはまだ商店が並び、若者や子供の姿もあって、賑わっているふうに見える。だが根の先の腐れは、やがてそこにも影響を及ぼすだろう。この木はいまや成長をとめ、もしかしたら枯れるかもしれないのである。
これもまた近代化のもたらした一つの結果である。なぜこのような不都合がおきてきたのか。
おおまかにいえば、道路ができたのも、自動車や電気製品が普及したのも、都市の側の急激な経済成長のペースで実現したことで、山村の主体性はどこにもなかったからだ。つねに都市の動向に追従し、支配されてきた。しかも膨大な森林資源を供給しながらである。
宇江さんはしかし、「長いサイクルで見れば、また山と森の生活が見直されて、甦ることを信じる」と、書いておられる。
「やがて反省の時代がくるにちがいない」と。
この本が出版されてから今年で28年。猛反省の時代の渦中に、今まさに我々はいるわけで。
(つづく)
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【メモ】
● 村誌によると、奈目良宗市氏は奈目良雅楽頭の末裔であるそうだ。「長身痩躯であるが、彼の風貌には野武士の気品がうかがわれた」と。
奈目良雅楽頭って、なにかわからんのですが。
と思って検索したら、これが…。
http://www.aikis.or.jp/~eiji-ito/ryujin/hometown_cultural_06.htm
奈目良家の屋敷跡があるもよう。このページ、もうちょっと説明文があってもいいと思う。これを見に行くような酔狂なやつはおらんやろと思ってるんかしらんけど、わたしは行きたい。(熊が冬眠したら)
● 五百原は平家一族の亡命の地とされる。龍神の女性、お万と平維盛の悲恋の伝説がある。
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【お知らせ】
和歌山市の匠町ギャラリーにて「Back Country 龍神村展」が開催されます。
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こちらは毎年、恒例の龍神村・翔龍祭。
