2012年10月16日

龍神村フィールドワーク2 (殿垣内のおおさがり)

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狼神社を後にして、集落の家々をつなぐ細い道を登っていく。
殿垣内(とのがいと)には13軒の家があり、そのうち6軒は空き家とのこと。廃屋となって荒れている建物もちらほらと目につく。
山に沿って上へ上へと家があり、一番上の農家の庭先には、収穫した豆が干してある。その庭から畑へ抜けていくと、いちばん高い平地で集落の方たちが稲束を干す作業をしていた。

それが、見たこともない迫力のもの。「おおさがり」というらしい。

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高さ約5メートル、幅18メートルほどの骨組み(杉や檜の棒)に刈り取った稲束をかけている。全部で8段。高いところはハシゴを使う。最初に干した稲と、新たに干した稲は乾燥の度合いが違うので、微妙なグラデーションとなっている。日当りの良い平地が少ない、山間部ならではの知恵なのだろう。龍神村独特の干し方だが、今も残っているのは殿垣内のみだとか。

「全部干すのにどのぐらいかかるんですか」と聞くと、「20日ほどやな」と作業の手を止めておばさんが教えてくれた。
撮影をする私たちに「あでぇ、今日は化粧してないわしてぇ」と屈託なく笑う。山村の女性はよく働くし、たくましい。
(かつて龍神村では、山越えの荷運びも女性たちが歩いて担ってきたそうだ)

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「おおさがり、ちょうど見てもらえてよかったなぁ」
若々しい声をはずませて小谷さんが言った。

こぢんまりした山里を一望できるその場所で、小谷さんが右下のほうを指差した。
「あのこんもり盛り上がったところが、源頼氏の殿屋敷があったとこよ。殿垣内の殿っていうんは、頼氏(よりうじ)のことや。宇治川の合戦で平家にやられたやろ? その時に、ここへ落ちのびてきたんや」

「そうですかっ」

と、即答したものの実はよくわからない。帰ってから調べやなあかんなと思いつつ、わかったような顔で頷いておく。

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「ほいたら、次は八幡さんへ行きましょか」と小谷さん。猟師の長尾熊吉さんが、大木にしがみつきながら狼を撃ち殺したという、例の現場である。

作業をしていた方々にお礼を言って立ち去ろうとすると、ハシゴの上から「ごくろうさん」と声をかけてくれた。お恥ずかしい。私たちより年長の方々が、一生懸命働いているのに、ほんまに…。
下にいたおばさんは、あぜみちに植えていた枝豆を次々にひっこぬいて「ようさんあるさけ、持って帰りなぁ」と枝の束をたくさん持たせてくれた。
ありがとうございます。

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(つづく)


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【メモ】

●頼氏は源頼政の五男。治承四年(1180年)父、頼政は平家討伐を目論むが、宇治川の戦いに破れて宇治平等院で自刃。頼氏は奥龍神に落ちのびて来た、とされる。

●頼氏は、この地で龍神大和守頼氏と改名し、奥龍神の支配者となる。現在に続く龍神姓のルーツ。

●垣内(かいと)とは、限られたある土地に住居する地縁集団のこと。


伝説「龍神村のオオカミ」はこちらから。
http://pasaran.seesaa.net/article/295007749.html


posted by きたうらまさこ at 17:28 | TrackBack(0) | 紀州の民話・伝説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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