2012年10月01日

龍神村のオオカミ(記録)

龍神村で、オオカミの話を聞いてきた。
場所は龍神村の最奥部、大熊の近くで、話して下さったのは地元の小谷さん。
紹介してくださったのはmizooさん。
以下の文章は録音してきた音声を起こして、少しまとめたもの。

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明治の始まり、まぁ今から百五十年ぐらい前のことやと思うけど。
大熊の殿垣内という集落に、長尾熊吉さんていう腕のええ猟師がおったんや。ある時、長尾さんが猟に出かけて、「犬戻り猿戻り」と言われる険しい崖の近くで、オオカミの子らがじゃれてるのを見たらしい。ほいて「大事にするさけ、一匹くれへんか」と上から覗き込んで言うたら、オオカミの母親が一匹そこへ置いといてくれたんや。

そのオオカミを育てて猟に使たら、そらよう働く。オオカミひとりで山へ行って、獲物を追い込んで帰ってくるんで、長尾さんは八幡さんの河原で待っとったらよかった。猟に出やんでも、そこで待っとって、火縄銃でポンって撃ったらよかったんや。こりゃ、ええオオカミを手に入れたってなもんや。

ある時、一杯呑んだ勢いか、冗談か知らんけど「お前、これから千匹の獲物もってこい。千匹もってきたら、わしの命やる」と長尾さんが言うた。そいたらそぉ、毎日毎日やられるもんやから、三年もせんうちに千匹になるわな。最初は思ってなかったんやけど、七百八百に近づいてきたら、こりゃあかん。だんだん心配になってくるわな。
いよいよ九百を超えたとき、和尚に相談に行った。「やがて千匹になるんやけども、実際わしは命とられるんやろか」

「お前、えらいこと言うたなぁ。オオカミというのは絶対に約束を守るて、みな昔から言うんや。千匹目をとった時には、必ずお前は殺されるぞ」と和尚に言われて、「どうしたらええんやろ、えらいこと言うてしもたもんや」とますます恐ろしなった。
「まぁ、わしがしばらく考えてみるさかいに」と和尚が言うので、その日は帰ったんやけども。

2日か3日たって、和尚に呼ばれた。「お前とおんなじ恰好のわら人形をこしらえよ。そして普段、お前が着てる着物を着せてな、千匹目を追いにオオカミが山へ入ったら、八幡さんの河原へ人形を立てて、お前は後ろの杉の木にあがって、鉄砲かまえて待っとけ。千匹目をオオカミが殺した時には、必ず人形に飛びかかってくるから、一発でしとめやなお前、やられるぞ」

長尾さんは言われた通りにして、大杉の上へあがって鉄砲かまえて待っておった。やがてオオカミはイノシシを追ってきて、そいつをかみ殺したと思ったら、いきなり人形へ飛びかかってきたわけや。その時にズドンと。そら、腕のええ猟師やから、オオカミを一発で撃ち殺したんや。

そやけど、自分の言うたことでなぁ…。オオカミは約束を守っとるわけや。きちんと。そやさけ、命とって可哀想なことしたと思て供養したんやな。長尾さんの家の、畑の隅っこにオオカミ神社っていう神社があったんや。オオカミの死体を埋めたとこへ、ちっちゃい祠たてて。
ずーーっとあったんやけど、今から、そうやなぁ…いつ頃やったか、近くに住んでる山下さんていう人が新たに作り直してね。ほいで、ちょっと場所を変えて、今もその神社ありますわ。昔のやつは木で作ったもんやから、ぼろぼろになってしもて、今はきれいなやつ祀っちゃぁる。オオカミ神社、オオカミ神社ってみな言わ。

長尾さんの家は絶えてしもたけど、家が絶えてしまったということは、あんまりええ事やなかった。命はとられやんかったけどな。
オオカミには言い分がある。「お前なにすんねん。わしは言うたとおり約束を守っただけや」と。
そやさけ、体投げ出して、命やったらよかったんや。

ほいたら長尾神社になってた。← mizooさん

長尾屋敷の跡もまだある。オオカミ神社は神社っていうほどのもんでもない。祠やで。

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【メモ】
●かつての猟師たちは、千匹の獲物を獲ったら、お坊さんに頼んで「千匹供養」をした。そのため、猟師たちは頭数を帳面に付けていた。
小谷さんの家にも、4代前のおじいさんのものがあったらしい。その人は猟師で、106歳まで生きていた。表紙に“シシ帳”と書き、何月何日にどこどこで鹿一匹、大雌鹿一匹と書いてあった。半紙でとじて、青い表紙を貼ってあった。
「熊も4頭獲っとった。よう火縄銃で熊ねらいにいったもんやな」と小谷さん。
●昭和になってからもまだ「オオカミおる」と言った人がいた。小谷さんも年寄りにそう聞いた。「足跡見た」と言う人もいた。
●当時の猟師さんは、獲物の毛皮だけをはいで、肉は食べなかった。イノシシの皮は、田んぼで使う長靴を作るのに使った。そのためイノシシの大きさを、靴何足分と表現した。「昨日は三足一匹とった」など。皮を求めて田辺や御坊から、商人が買い付けに来た。
●「犬戻り猿戻り」の崖の上には、今は高野龍神スカイラインが通っている。
●八幡さんの河原にあった大杉は、水害で流されたので今はない。

posted by きたうらまさこ at 16:41| 紀州の民話・伝説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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