和歌山県田辺市に暮らし、県内の自然観察と研究を続けた後藤伸先生の講演録である。
後藤先生が亡くなられたのは、5年前のこと。
お会いしたことはないのだが、7年ほど前に文章を読んで魅了されてしまった。
今日は大阪に行ったので、往復の電車の中で一気に読破。
あんなに集中して本を読んだのは久しぶりだ。氏の言葉に共鳴して、途中で何度か胸があつくなった。
電車をおりて歩いていても、頭の中には緑の照葉樹林が広がって心は紀伊半島へ。
歩行のペースもゆっくりになって、森を思ってぼんやりしていたら電車の乗り継ぎにも失敗した。
「森の時間」モードになっていると、無言で押し寄せてくる人波とか、次々と滑り込んでくる地下鉄とか、気付いた時には終わってる早口のアナウンスとか、あらゆる速度に対応できない。
私は頭の中を森だらけにしたまま、ホームでポカンと取り残されてしまった。
後藤先生はこう言っている。
「和歌山県というと海がきれいで、山がきれいで、水もきれいで、空気も美しいんやというようなことを盛んに謳い文句にしています。とくに、熊野古道なんかのね。いかにも和歌山県には素晴らしい自然があるかのように思いますけど、ちっともええことないです。もとがよかっただけに、今は非常に危険な状態です」
「もとがよかった」という頃の紀伊半島の自然を、私はそんなに知らないのだが、植林だらけのあの山々一帯が那智原生林みたいな時代もあったと考えるだけで背筋がゾクゾクっとする。で、荒廃した植林の山々を思い浮かべて脱力する。本当に、紀伊半島の、日本の植林は節操がなさすぎるし、人間の叡智が感じられない。
数年前、私を熊野の山に案内してくれた知人も「世界遺産じゃ言うて県は宣伝しとるけど、こんな山やのに恥ずかしてよその人に来てもらわれへん」とぼそっと言った。生まれ育った土地の森があんなに破壊されたら、そりゃ胸も痛むだろう。
「人々は先祖から受け継いだ知恵を捨て、経済活動のためだけの拡大造林や河川工事、護岸工事などを行ってきた。その結果残ったのが崩壊寸前の国土と環境破壊」って、あかんやろそれ。
一瞬で破壊された森が、元に戻るためには何百年もかかるだろうけど、そもそもそれが森のペースだ。
森の時間に寄り添って調和し、早急に森を再生していかないと我々も滅んでしまう。
森に明日がないのに、人類に明日があるわけがないやん。
↓『明日なき森』はコチラ。
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/32136817
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