2012年05月03日

この世の深み(4)

米原を経由して大垣駅に着いた。
さぁここで乗り換えて美濃赤坂駅へ、と思ったら、次の電車まではあと1時間以上あるという。
悩んだのだが、仕方なくタクシーに乗った。2000円ちょっとだったけど、残念な出費。

美濃赤坂駅は幹線道路から離れ、ひっそりした古いまちにあった。駅にレンタサイクルがあるという情報を得ていたのに「今年はまだやってないんです。すみませんねぇ」と駅員さんに頭を下げられてしまった。
駅界隈も、赤坂の宿(しゅく)という宿場町なのだが、青墓の宿はその隣。距離はけっこうあるし、バスもないし、そうゆっくり散策できるほどの時間もない。無理だったらもう赤坂の宿だけでいいか…と半ば諦めて歩き出す。

中山道で地図を眺めて立ち止まっていたら「どこかお探しですか?」と声が聞こえた。顔を上げると白いパジェロミニの横で、愛想のよさげな男性が立っている。年の頃は40歳ぐらいか。首から名札をぶらさげて観光客に気さくに声をかけるので、てっきり観光協会の職員さんかと思った。
「青墓にある照手の水汲み井戸に行きたいのですが」と言うと、私の持っていた地図を覗き込んで首をかしげた。どうやら観光協会の方ではなさそうだ。しかしその方、「歩くと遠いですね。よかったら乗っていってください」と親切にすすめてくれた。危険かな…と一瞬思ったのだが、渡りに船だし、他に方法もないし、私より弱そうだったので乗せてもらうことにした。ありがたい。熊野権現のおはからひか。

そこから少し走ると「中山道・青墓宿」とかかれた道標が、田圃のあぜ道にぽつんと立てられていた。あたりは田圃だらけ。遊女も傀儡も夢のあと。
なんにもないにもほどがある。
が、それが逆にたまらなくよかった。他人様にすすめることはできないが、私は好きだ。
そうそう、
照手姫がいじめ抜かれて水を汲んだという井戸は、青墓小学校の横にあった。なんてことない井戸だったけどね。

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「他に行きたいところはありませんか」と言ってくださったので、それでは円興寺に、とお願いした。梁塵秘抄とつながりの深いお寺であるらしい。境内の階段の脇には「遊びをせんとや生まれけん」と刻まれた石碑が建てられていた。今様を現代によみがえらせた歌い手、桃山晴衣さんの筆によるものだ。「節の付いた歌は、和歌よりももっと霊力がある」と桃山さんは生前に語っているが、霊力を感じながら歌っていた彼女もやはり、巫女だったのだろう。

お世話になったKさんに駅まで送っていただき、ありがとうございましたとお礼を言った。
そして電車が来るまで小一時間、誰もいない木造駅舎でゆっくり本を読んで過ごした。そろそろ日も傾きだして、初夏のような風が駅舎をふわりと吹き抜けていく。

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ここに来て 梁塵秘抄を読むときは 金色光のさす心地する

本の最後には、北原白秋が詠んだ和歌が紹介されていた。
「ここに来て」ってどこよ?と思ったのだが、仏教的な雰囲気がするのでお寺、かな。
少なくとも美濃赤坂駅ではないだろうが、鄙びた駅のベンチで読む梁塵秘抄も味わい深い。私は凡人だし「金色光のさす心地」まではさすがに無理だな。そんなふうに思いながらふと見回せば、あたりは山吹色の夕まぐれ。


                  おわり
posted by きたうらまさこ at 15:16| 旅のおはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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