2012年04月30日

この世の深み(3)

京都から米原に向かう電車の中で『梁塵秘抄』を開いた。平安時代末期に後白河法皇によって編まれた今様(遊女たちが口ずさんでいた流行歌)の歌集で、じっくり読んでいると中世を生きたアウトサイダーたちの心の機微まで感じられて面白い。
後白河法皇に今様を教えたのは、中山道の宿場町・青墓の遊女、乙前(おとまえ)。後白河法皇は、すでに70歳を過ぎていた乙前を師と仰ぎ、十数年に渡って指導を受けた。ここまで熱中したら、ただのもの好きとも言えまい。

青墓は傀儡女、白拍子、遊女(歩き巫女)など、宗教性を帯びた流浪の女性芸能者たちが拠点とした宿場町。『小栗判官』の主な舞台の一つでもある。
小栗の妻、照手は青墓の地に遊女として売られてくるのだが、身を売ることを拒否して下働きの女中になる。美女のくせに客を取らないもんだから「籠で水を汲め」とか言われていじめられ、それでもめげずに働きまくる。その後、餓鬼阿弥の姿となった小栗と再会して、結局はハッピーエンドになるのだが…。(もし興味があったら検索してください)
そんなこんなで目指すは青墓、何もなくても。(調べたところ、宿場町っぽいものは何もないらしい)

電車は各駅停車でゆっくり進んでいく。
私はひたすら文字を追い、遊女たちのいる深みにぐるぐるとおりてゆく。

百日百夜(ももかももよ)は独り寝と 人の夜夫(よづま)は何せうに 欲しからず 宵より夜半まではよけれども 暁鶏(とり)鳴けば床寂し

妻のある男を待っている女が、「よその夫なんて欲しかないが明け方に鶏が鳴くころは寂しいのよ」とうたっている。これ、どんなふうにうたったんだろう。まるでケイウンスクの演歌みたい。

だがしかし、恋のうたはもう私には実感として迫ってこない。長年その手の感情から遠ざかっているので、言うてしまえば……もうわからん。90歳で再婚うんぬんと冗談でも言える女性がうらやましい。
それよりも、子を思う親の心に思わず感涙し、中年女の痛さ可笑しさにぷるぷると共感してしまう。

我が子は十余に成りぬらん 巫(かうなぎ)してこそ歩くなれ 田子の浦に潮踏むと 如何に海人集ふらん 正しとて 問ひみ問はずみなぶるらん いとをしや

「生き別れになったあの子も今12,3歳。歩き巫女になってあちこち旅しているらしいのです。田子の浦の海辺あたりを歩いているのでしょう。漁師たちが集まって、あの子の占いが当たるの当たらないの、どこから来たかなどいろいろ聞いて、年端もいかない子をなぶりものにするのでしょう。あぁ愛おしい」

この母親も歩き巫女なのだろう。自分と同じ道を歩みだした幼い娘を想い「いとをしや」とうたう心中いかばかりか、その悲しみを思うと泣けてくる。
そしてまた、容姿のおとろえを嘆く女の気持ちもまことに私はよくわかる。

鏡曇りては 我が身こそやつれける 我が身やつれては 男退(の)け引く

「この頃もうあんまり鏡見たくないし、見たくないから磨かないし、そしたら鏡も曇るしっていう悪循環で老けてったら、そりゃ男もびびって逃げるわよね」

月も月 立つ月ごとに若きかな つくづく老いをする我が身 何なるらむ

「月は新月になるたびに若くなるのに、それにくらべてアタシは老けるばっかり。なんなのよ、これ」

間違ってるかもしれないが、だいたいこんな感じでしょう。何なるらむ、とふて腐れて言い切るそのキモチ、私もわかります。遊女たちの表現力が磨かれたのは、それだけ生々しく生きていたからかな。
今様にひたってボケていたら、電車は米原についていた。乗り換えねば。はっと気がついて荷物をまとめて飛びおりる。向かいのホームへの階段を慌ててのぼったら、ハンカチやらペットボトルやら本やら派手にばらまいてしまった。如何にせん。




posted by きたうらまさこ at 10:32| 旅のおはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

この世の深み(2)

六道の辻から鴨川を渡って五条に着いた。
高瀬川に沿って歩くと、桃色のハナミズキが満開で華やかだ。
遊郭があった地域は「五条楽園」と言われ、つい最近まで数カ所に大きな看板があげられていたそうだが今はない。一昨年に売春防止法で摘発されてから、お茶屋や置屋は営業されていないようだが、遊郭の名残を残す建物はいくつか残っている。

DSCF3205.jpg


春の陽射しを浴びたまちは明るくて、写真を撮るのをためらうような雰囲気は少しもなかった。ここは空き家のようだったしね。
散策をしていると、花街の一角に空き地があった。駐車場になっていたが、かつては建物があったのだろう。その真ん中に、一羽のアオサギが首を伸ばしてすくっと立っていた。

DSCF3206_2.jpg


この場合、遊女の生まれ変わりってことで、いいですよね? 
アオサギの姿になってかつての職場に舞い戻ってきたのだと思う。何だか物思いにふけっていたみたいだったし…。時空を超えた彼女の回想に、私も密かに思いを馳せる。

そこから京都駅までは歩いて15分ぐらい。
駅で友人と別れ、次の目的地である岐阜行きの電車を待っていた。歩き疲れたのでホームのベンチに腰かけると、老婆が一人、押し車をついてやってきた。
「ちょっとごめんなさいね、ワタシもう90歳だから荷物と一緒なの。ここへ座らせてもらいますよ」
そう言って私の隣に腰掛けた。いや、正確に言うと私の隣にはすでに見知らぬ女性が座っており、老婆が腰掛けたのは、椅子と椅子の間にある荷物を置く台の部分だった。

私も隣の女性もはじかれたように立ち上がり「そ、そんな…、どうぞこちらに座ってください」と席を譲ろうとしたのだが老婆は動かない。そして「ええんです。大正生まれの90歳なんて荷物と一緒」とがんとして繰り返す。
お年寄りを荷物と一緒とは思わんが、そうまで言うなら好きにしてもらえばいい。他にベンチもあいているのにここを選んでいるのだから、そういう趣味なんだろう。私も隣の女性もきょとんとしながら元の位置に着席。微妙に近い距離で少々気まずく3人並ぶ。
ちらっと横目で見ると、カラフルなブラウスにピンクの口紅、しゃんと伸びた背筋が若々しくてなかなかチャーミングなおばあちゃんだ。

「90歳にはとても見えないですね、お若いですね」と私が言うと「あらそぉお? ワタシ再婚できる?」と上機嫌でおっしゃる。へっ?と心で発し、あいまいに笑ってごまかしていると、目の前に電車がやってきた。女性専用車両だ。
老婆はその車両を指さしてこう言った。
「あんなの嫌よねぇ、女性専用なんてね。ワタシ、男はんが乗ってはる電車にしか乗りたくないわ」
その時、私の頭の中にさっき見た五条楽園の遊郭と、りんと立つアオサギの姿が一瞬浮かんで消えた。「なんで?」と思った瞬間、岐阜へ向かう電車がきたので、お先に失礼しますと言って立ち去ったのだが…。


posted by きたうらまさこ at 22:02| 旅のおはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月26日

この世の深み(1)

京都に泊まった。
夕刻、錦市場近くのゲストハウスにチェックインして、宿の裏手にある銭湯、明治湯へ。
思わぬ自動ドアに不意をつかれる。そのわりに内装は昔ながらで、番台にはおじいさんが何気に座っている。

DSCF3196_2.jpg

脱衣場では近所のお年寄りが、世間話に花を咲かせていた。どこそこの誰やらさんが階段から落ちて入院したとかいう、あれである。
BGMはFM802。春の夕方にぴったりなおしゃれな音楽が流れていたが、おじいさんの趣味なのか。ロッカーの上には、持ち主の屋号の入った柳行李が並ぶ。さすがに京都な感じだなぁと思い、誰もいない隙にこそっと撮影してみた。

DSCF3194.jpg

お風呂上がりに市場をぶらぶら歩いて、タケノコの値段などチェック。丹波産で100グラム200円なり。
友人たちとの待ち合わせ場所は、京都駅近くだったので歩いて行く。たどり着いた店はとってもディープな「リド飲食街」の中にあった。にしても、リドって何なのよ?

私好みの店を選んでくれたらしいが、確かに私はとてもツボ。ムーミンのTシャツを着た寡黙な大将が一人で切り盛りしている。カウンター席しかなくて、あまり流行って常連さんが入れなくなると困るので名前は書かない。ずいぶん変な店名だったな。
久しぶりの飲み会は面白かった。毎度のことながら奇譚の通じる奇妙な人たちだ。「こんな変な話、このメンバーでしかできへんよね」とあらためて確認しあう夜となる。

DSCF3197.jpg

翌日は友人と再び合流し、六波羅蜜寺に行ってみた。空也上人の立像はさすがに傑作である。私は実物を初めて見たのだが、あれほどのものとは思わなかった。「しまった、もっと早く見ておけばよかった」と悔やむ。写真でよく目にするものは、すでに見たような気になってしまっていけない。日本にはまだまだ見るべきものがあるはずだし、見ないで死ぬわけにはいかんという欲求が熱くこみ上げる。空也上人の口から飛び出た、六体の阿弥陀さま。何ともありがたい仏像を見上げつつ、欲にまみれてぐるぐる。

ところで六波羅蜜寺の角は六道の辻と言われ、かつてはあの世とこの世の境界であったとか。子育て幽霊の話で知られる飴屋さんがあったりもする。ストーリーをよく知らなかったので、さっき検索して読んでみたが、これ、けっこう怖いのね。
でも今回の旅のテーマは幽霊ではなくて遊女なのだ。京都の遊郭で今も残るのは、五条あたりと聞く。六道の辻からあの世に背を向け、この世方面へと徒歩で向かう。かばんに読みかけの『梁塵秘抄』(入門書だけど)を入れて、この世の深みへと参らむ。



posted by きたうらまさこ at 13:41| 旅のおはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。