2010年09月11日

紀州女

ちょっと必要があって、神坂次郎先生のエッセイ『紀州史散策 第一集』(昭和51年 有馬書店)を読み返してみたんだが、やっぱりうまい。
こんなによく出来たエッセイを読めるのは、なんて幸せなことかと思う。

神坂先生には昨年、写真集の監修をお願いしたのだが、おかげで何度もご自宅に伺う機会に恵まれた。
すごい方なのに腰が低くて、「私は小心者なんで」と言いながら、ぼそぼそと話をされる姿が素敵だった。今から思えば、貴重なお話を色々と聞かせてもらったと思う。

先生の顔を思い出しながら、ページをめくる。

中に、「紀州女の唄」という短い文章があるのだが、それがいい。

「灼けつくような烈しい太陽を間近くに浴びるせいか、紀州女は陽気で、開放的で、愛憎がはげしい。だから、江戸時代から明治にかけて紀州の海辺で唄われていた俚謡のなかには、これが娘の唇から出た唄なのかと驚くほど、なんとも、はや、すさまじい唄がある。」

なんとも、はや、すさまじい唄の一例をあげるとこんなのである。


 親と親との約束なれば 親父行て添え わしゃ知らぬ♪

 勘当(かんど)うけてもお前と添わにゃ 親に末代 添うじゃなし♪


「父親の面目は丸つぶれだが、娘たちはそんなことにおかまいなく、小麦色の頬を潮風になぶらせて、おおらかに恋の情熱をうたいあげる」と神坂先生。

私にとっても、彼女たちの表情を想像することは、たやすい。目に浮かぶようだ。

海辺に住む人たちは、そもそも海人族の末裔だから、「舟さえあればどこででも生きていける」というマインドが血脈の中にあるのだろう。
田畑を家産として継承していく農村地域よりは、父権も弱かったはずだ。

こんな唄も紹介されていた。

 思いおうたら連れもていこら 他国ずまいを してなりと♪

まことに見事な女の心意気。惚れるわ。



posted by きたうらまさこ at 15:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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