2010年05月19日

窓から老婆

ベッドで村上春樹の短編を3つ読んでから寝たら、夢に死んだ人が出てきた。
祖母である。
祖母が枕元の窓をあけて入ってくるというずいぶん奇妙な夢で、あんまり変なので私は途中から「これは夢だ」と認識している。
私は祖母に問う。
「おばあちゃん、普通は四十九日で成仏するんやで。死んでからもう10年たってるのに、何やってんの?」
祖母は「あたしゃ普通より欲が深いから、このぐらいかかる」というような事を言ったので、孫は何となく納得した。
身内の欲深さを批判することは、その血を過剰に受け継いだ自分をいじめことになる。「そうか」と答えて黙るしかない。
「でも、もうさすがに体はいらんし、これでええわ。ほんならね」と言うと、祖母はまた、窓をまたいで闇の中に紛れていった。その時、体がすっと消えたように見えて私は安堵するのだが。

この非常事態を私は夢だと自覚しているので、「面白い話やな。忘れたらもったいないわ」と思ってベッドから起きあがり一生懸命にメモをした。
祖母がどうやって入ってきて、何を言ったか、そしてどこに去ったか。メモというよりは、作文である。今、ここに書いているような文章で、もっとツッコミも入れて感想もきっちり書いた。
翌朝、目覚めた時、書いたところまでが夢だったことに気付いてがっかりした。
記憶はすでに曖昧で、今となったらこの程度の事しか書けない。
私がこんな夢を見たのは、寝る前に読んだ小説の影響だろう。〈村上春樹の作品はほぼすべてが「幽霊」話である〉と内田樹さんも指摘していたように思う。


     ◆ 夜の窓 心見透かす 蜥蜴かな

posted by きたうらまさこ at 21:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月13日

らりった猿とディープ・エコロジー

『持続可能性に向けての環境教育』という本を読んだ。
近頃「持続可能性」という言葉が巷にあふれているのは、滅亡していく人類が無理を承知であがきだしたということか? と思って図書館で手に取ったんである。

数人の学者さんがそれぞれの分野で執筆されていたが、私がいちばん面白いと思ったのは、ディープエコロジー思想について書かれた井上有一氏の章。
ディープエコロジーとは、ノルウェーの哲学者アルネ・ネスが1972年に提唱した概念らしい。
〈ホリスティックな人間観に基づく理解に立てば、利己主義と利他主義が相反するどころか、同一のものとなる〉というもので、平たく言えば、人間以外の存在も含めた他者をいつくしむ思想が、環境の改善につながっていくというもの。(たぶん)
井上氏の解釈によれば、これは「他人の身になって考えよう」と意識してするのではなく、さらに踏み込んだ領域なのだそうだ。

〈意識して努めなくても、相手を自己と同一化したなら、相手の境遇が文字どおり「わが事」になるのである。(「まるでわが事のようになる」のではない)〉

ううむ。
どう思われますか?
他者(自然)を自己に同一化できれば、他者(自然)の苦しみは自分の苦しみになる。
そうなってくると、カカオのプランテーションで奴隷のように働かされている子どもの苦しみも、自分の苦しみ。
なので「チョコレートはフェアトレードで買うねん」という行為も、「可哀想な子どもを救うため」ではなく「自分の苦しみを軽減するため」にするのだろうが、多くの人間が、そこまで意識を変容できるもんだろうか。
意識の変容が起これば、「地球を守る」ことは「自分を守る」ことになり、するすると環境問題が改善に向かっていくのだろうが…。
「このような能力は、人間の成長とともに身につくもの」とネスは説いているらしい。しかし私は、人類全体にさほどの「成長」が期待できるのか疑問に思う。

で、次。
5年ぶりぐらいにテレンス・マッケナ(アメリカの植物学者)の『神々の糧(ドラッグ)』という本を再読してみた。
マッケナは「初期人類の食物に含まれていた突然変異を起こさせる向精神性科学化合物が、脳の情報処理能力の急速な再編成に直接影響を与えた」と主張している。幻覚誘発性植物の作用によって、人間の脳は突然大型化した。なので我々の先祖はドラッグで酔った猿であり、霊長類から人類が出現するのに、幻覚誘発性植物とマジックマッシュルームが多大なる貢献をしたそうだ。

マッケナは言う。
〈現在のわれわれの世界の危機は、歴史上これまでにない根深さを持ったものである。したがって、その解決策はもっと思い切ったものでなければならない〉
彼によると、人類の危機は、現代文明が幻覚誘発性植物を媒介とした異界との接触を断ったことに起因しているとか。
なので、幻覚誘発性植物を使ったシャーマニズムの再生が必要であり、かつて、シャーマンたちが異界とつながって感じたエクスタシーを、我々も体感することでパラダイムをシフトさせねば…とおっしゃる。
読んでいて、それは、そうかもと思った。

このパラダイムシフトこそが、他者(自然)を自己に同一化する能力を開発し、人間をディープエコロジー思想に導くのかもなと、遅まきながら感じた次第。
「このような能力は、人間の成長とともに身につくもの」なんて私は思えないが、ある種の植物を用いれば可能だろう。
千年以上昔に、他者や自然と自己を同一化できていたディープエコロジストのブッダや空海も、植物を案内役として異界を幻視していたはずである。
密教では護摩を炊く時に、幻覚誘発性植物を火にくべて恍惚状態になってたというし、曼荼羅なんてもうね、そのまんま。
ちなみに私は高野山の壇上伽藍に行くと、空海のサイケデリック・ロックな気合いを感じて、少々ナチュラル・ハイになる。

『神々の糧(ドラッグ)』のあとがきに、訳者がこう書いていた。

〈日本の古代仏教に対する大麻文化の影響の何よりも明確な刻印は、十一面観音や千手観音、不空羂索観音、阿修羅などに見られる。いわゆる”八面六臂”的密教系仏教は、もとをたどればインドの仏教やヒンズー教において、大麻がもたらす宗教的法悦の幻視の中にあらわれた神仏のイメージの定着に他ならなかったといえる。〉

古代仏教だけでなく、幻覚剤は世界中の宗教で普遍的に使われてきた。
今、宗教が聖なる植物を取り戻し、健全な方向に再生すれば、地球はどう変化するんだろうと考えてしまった。あまりに革命的で、想像つかんが。

「人間が意識の変容に心ひかれるのは自然な傾向」だとマッケナは言う。
もしかして、その傾向が強い人は、らりった猿の血を濃く受け継いでいるのかもしれない。
私も10年近く前、アヤワスカというアマゾンの植物を使って幻覚を見る、という体験を何度かしたことがある。
アヤワスカはLSDの50倍効くとも100倍効くとも言われる強力な幻覚誘発性植物だ。
京都の寺院で開かれたワークショップに参加したのだが、中には僧侶たちも数人いた。
あの時見た、あり得ない色彩やあり得ないビジョンを、なぜか近ごろよく思い出す。
私の中に潜む無意識の領域から「五感だけを信じてはダメ」と警告がなされているのだと、思うことにしよう。


     ◆ 空海にロック魂あり、と見た。密教 曼荼羅 炸裂の秘技




  ーーーーーーーーーーーー
●『持続可能性に向けての環境教育』今村光章 編著 2005年 昭和堂
●『神々の糧(ドラッグ)』テレンス・マッケナ著 1993年 第三書館

posted by きたうらまさこ at 14:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。