2009年12月14日

天川村の円空仏

続いて、天川村へ。
下市(しもいち)から車でうねうねと山道を上っていくと、2000メートル近い山々に囲まれた谷あいの集落に到着した。
村役場のあたりが中心地であり、村内で唯一(たしか)の信号機と数軒の店があるが、そこを過ぎると「天の川」をはさんでポツポツと民家があるだけだ。

注意深く走っていくと、前方に「天河大弁財天社」の案内が見えてきた。
ここはけっこう有名な神社で、芸能人が参拝にやってきたり、敏感な人々が「何かを感じる」特別な場所らしい。
私にとっては何も感じない所なので、神社をさくっとスルーして、一本道を行け行けどんどん。目当ては栃尾観音堂である。

5分ぐらいで栃尾の里に着いた。
雑貨屋さんの前の橋を渡り、集落の細道へとハンドルをきる。
山と川の間の狭い土地に数軒の家々と畑があり、一番奥の山際に小さな観音堂が見えた。

enkuu1.jpg

車をおりると、キンと冷えた空気。
靴をぬぎ、畳三畳ほどの観音堂に入ると、そこには四体の円空仏があり摩訶不思議な笑みを浮かべていた。
うっ、やっぱり好きかも。

近所のオバちゃんみたいな顔の大弁財天女像や、胎内仏が発見された聖観音菩薩像、素朴すぎる金剛童子像などそれぞれに味があるが、私が見とれてしまうのは円空オリジナルの、髪の毛が逆立った護法神像。円空は数多くの護法神像を残しているが、栃尾観音堂に祀られているのは第一作目であるという。
彼はこの地で精霊を見たのかもしれん。

enkuu2.jpg

円空は全国をさすらった孤高の僧。
彼が天川にやってきたのは42歳(1673年)の時だという。
観音堂にこもって彫ったのだろうが、円空の名はこの集落には残っていなかった。
これらの神仏像は、弘法大師が一夜にして彫り上げたと伝えられ、円空の作と判明する昭和47年までは、村人たちも川でじゃぶじゃぶ洗っていたらしい。
今ではガラス扉に鍵こそかかってはいるものの、観音堂の中には誰でも入れるようになっている。あたりはしんとして人影もない。
円空仏はただ、あるべきようにそこにあるだけ。


posted by きたうらまさこ at 00:33| 旅のおはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。