2009年11月15日

神秘なるもの

仕事が忙しかったあいだ、先延ばしにしていた事を今一つ一つ片付けている。
先週末は友人たちと一泊旅行にも行ってきた。
時々女子3人でスピリチュアルツアーをしているんだが、今回は第3弾で奈良の柳生にて磐座めぐりをば。
ちなみに最初のスピツアーでは日本のピラミッド・甲山に向かって大笑いしながらUFOを呼び、2回目は伊勢めぐり。アマテラスが隠れた天の岩戸でマイムマイムを踊って奉納した。

聖地めぐりは近頃の流行のようなので、そういう風潮をおちょくりつつも、我らもしてみむとてするなり。今回は紅葉が始まりかけた山道をゆっくりドライブしたり、巨石を眺めたり、夜に飲み歩いてみたり……。
見えない世界は何も感じないけど、目の前に見えてる彼女たちが健やかに神秘的で、私はたまにクラっとする。


posted by パサラン at 23:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

多謝

ここ半年ほどの仕事が昨日ようやく終わったので、今日は朝から大掃除。
山のように散乱していたゲラを処分して、資料を片付けた。
色々な方にお世話になったなぁ、とか
ありがたいことやわ、とか
偉そうな人もおったけど、とか色々思いながら。

今月末には本ができるので、お世話になった方々にはなるべく手渡しでお渡ししたいと思う。

さて、今日から心機一転。(なのでブログの壁紙も変えました)
私は今、これからやるべき仕事と、したい事が一致している感覚をひしひしと味わっているから、とても幸福を感じているし、まわりのみんなに感謝している。
家族、友人、それから津名先生。
かくも貴重な方々に出会えたことに
ありがとうございます という気持ちでいっぱい。




posted by パサラン at 13:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

● 未熟な黒あん

昨夜、電話で友人が、とある方のことをこう言った。
「あの、お腹の白そうな人よ」
腹黒い人、の対極に位置する人、という意味なんだけど。

なんでこんなことを書いているかと言うと、私は今日、買い物帰りに大判焼きを購入し、今まさに1人で食べているので、ふと思い出したんである。

白あん入りと黒あん入り。


腹の白い人は、それは、きもち悪いし、危険。
だが、腹の真っ黒な人もいるとは思えん。まだ会ったことはない。
9割がたは白黒まざったマーブルか。
たぶん割合の問題で、黒8白2とか、黒4白6とか、五分五分とか。

白を装いたがる黒、黒ぶっている白。

「私は特別だから枠外よ」とカスタードクリームを名乗る未熟な黒あん、もありそう。


大判焼きを食べながら、そんなことを考えている自分が面倒くさい。

posted by パサラン at 14:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

● 健やかな休日

昨日で仕事がとりあえず一段落したので、今日は久しぶりにゆっくりした。
一日中外に出ない覚悟だったので、パジャマのまま映画を観てごろごろしたり、柿のタネを食べたり。

昼頃に電話が鳴ったので出てみたら、友人のK子さんだった。ごぶさた。
「ワタシ今、お昼ご飯にサケ焼いてるんやけど、サケ焼いてる間グリルから離れられへんからヒマやし電話した」と言う。
なんなそれ、と思ったけど、「私も今日ヒマなんやけど」と返答。
「じゃ遊びに来る?」と誘ってくれたので「まだパジャマなんやけど。このまま行こかな。でもあかんわ頭のおかしいオバチャンみたいやし」と言うと
「頭おかしくなかったんか?」と普通にさらりと返されたので「おかしぃけどョ…」と口ごもる。

そんなんで、とりあえずジーンズに履き替えて車に乗り、ぼさぼさ頭のままでK子さん宅にてひと喋り。
彼女は行動力のある才女なのでいろいろ刺激をもらって帰宅した。
私は誠実で頭のいい人が大好きだ。頭おかしぃですが。

さて、今から『マクベス』を読む。
恥ずかしながらシェイクスピアは読んだことがない。カタカナ名前の登場人物が苦手なのだ。実は酔った勢いで「古典を読む会」というのを某氏と立ち上げ、課題図書として『マクベス』が出たので読むわけよ。

この前ちょっと読みかけたんだが、やっぱりカタカナ名前のややこしさにやられた。
「ドナルベーンって、ナニモンよ?」
「メンチースって誰なんよ?」
いちいち最初のページに戻って確認しながら秋の夜はふけてゆく。


posted by パサラン at 21:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

● 老人数珠つなぎ

なぜか私のまわりには老人が多くて、年寄りてんこ盛り状態なんだが、今日もまた新たな出会いがあった。

必要があって市内のあちこちを撮影にまわっていたんだが、夕方近くに和歌浦の観海閣(海上の楼閣)を撮っていたら向こうからジャージ姿の初老の男性が手招きをしているのが見えた。「うわっ、また爺ちゃんだ…」と思いながら近づいていって「はぃ?」と聞くと、「ここから撮る方がよろしいで」とおっしゃる。散歩中の近所の方、のようだ。

堤防の切れ目には人が一人だけ入れるスペースがあり、実は私もそのポイントがいいだろうと気付いていたのだが、その方が陣取っていたから近寄りにくかったんである。
場所をあけてくれたので御礼を言ってそこに立つと、たしかにいいアングル。
「ほんと、いいですね♪」とちょっとオーバーに喜んでみたりして。
すると「この堤防の上に立ったらもっとええで」とすすめるので、上らなしゃーない事になってよじ上る。怖いんですけど。

レンズを覗いて「あ、ほんとですね〜」とさらに喜ぶと、
「縦も1枚撮っときなぁ。水面に映る影がええんや」
「あ、はい。きれいですね〜」

と、撮影したのがコレ。横の方がええやん。

IMG_2497.jpg

爺ちゃんは、カメラが趣味で自分のブログも持っているらしい。
「見てよ」と言ってくれたので、URLを聞かないわけにもいかなくなってメモとボールペンを渡した。(まだ見てない)
私の名前も聞かれたので一応、名乗ると「またカメラ談義でもしましょう」とにこにこ顔。
「はい、ありがとうございます〜」と笑顔で答えつつ「私カメラ嫌いなんやけど。仕方なく撮ってるだけなんやけど」と腹の底でほざく。

ちょっと面白い出会いだったし、おかげさまでまぁまぁな写真が撮れて良かった。
毎回こんなタイミングで指導者が現れたら、撮影も楽なんだけどな。

ところで…、
うっかりしていた。
今年の「阿尾のクエ祭り」は何日だっけ?と思って検索したら、終わってた。
1年って早い。
このペースで時が過ぎると、私もあっという間に老人になることだろう。

ちなみに「二川の子ども歌舞伎」は10月24日の土曜日の夜らしい。
二川の大旦那がメールをくれたので、行くつもり。
今年は一人で行くことになると思うし、ついでに温泉にでも入って楽しんでこよう。

昨年の記事はこちらです。
http://pasaran.seesaa.net/article/108705462.html


posted by パサラン at 00:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

● 女子として円満に

明治24年に創立した和歌山高等女学校は、かの有吉佐和子も通っていた和歌山屈指の名門女子校だった。
県下女子教育の中心をなし、良家の成績優秀なお嬢さんたちが、わざわざ汽車に乗って遠方からも通ってきたそうである。
和高女に通っている、というだけでプチ神童扱いであったとか。

とはいえ、結局は「女に学問は必要ない」と考えられていた時代。その教育方針は「女子として円満に世に処する」というものだった。

今、私の手元には、昭和21年4月の和高女のクラス写真がある。当時、市街地は前年7月の空襲で壊滅的な被害を受けており、校舎も全焼しているし、被災した生徒も多かったしでセーラー服の下はもんぺ。下駄履きや和服姿の生徒も数人見える。

みんなまっすぐに正面を見つめている中で、一人だけキリリとした表情で横を向いている小さな女の子。彼女は後にモノカキになるのだが、さすがにこの頃から言葉を持つ者の顔をしている。

「一人だけ横向いて、ふて腐れた顔してるのは先生ですか?」と聞くと
「そうよ。だって不愉快だったから」とぴしっとおっしゃる。

ぷっ。

私は愉快だ。

この時、彼女は別に教育方針に対して怒っていたわけではない。ちゃんとした理由が他にあったわけ。
でも、60年後にその写真を見た私には、「女子として円満に世に処する」という暴力を内包したスローガンと、おかっぱ頭の女の子の「不愉快丸出し顔」の対比が面白い。「何が円満じゃ」という声が聞こえてきそうなのだ。


和高女がその歴史を閉じてから、あっという間に半世紀。
教育がどう変わろうとも、円満に世に処している女子なんて私の身近には見当たらない。(どこかにいるとは思うけどね)
posted by パサラン at 00:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月26日

● 秋の夜の古本の

疲労がたまりすぎて、ちょっと朦朧としている今夜。
肩こって首まわらんし。

長い事、本も読んでない。
資料は毎日あれこれ読んでいるけど。(ナナメ読みで)


……と、ここまで書いて、中断。

時間ができたら本読みたいわ、と思ってネットで古本を検索してみた。
ずっと欲しいと思っていた藤井辰三さんの写真集「目で見る大和路」が2700円で出ているのを発見して購入。
これは安かった。

それから島尾ミホさんの「海辺の生と死」も2100円でゲット。
2冊ともすでに読んでいる本だけれど、お宝になると思う。

脳みそが弱っている割には良い買い物をした。




posted by パサラン at 00:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

● 深夜のタクシー

今夜、友達と呑んでいて終電を逃したのでタクシーにて帰宅。
私の家は歓楽街からタクシーで20分ぐらいの距離なのだが、その間、運転手さんと色々話しをするのが楽しい。
普段は人見知りな私だが、アルコールが入るとわりと饒舌になるしね。

今夜の運転手さんの話はちょっと忘れられない感じなので、帰宅後すぐにパソコンに向かっている次第。
運転手さんは70歳ぐらいのおじさんで戦争中は尾道にいた、とか。
空が真っ黒になるくらいたくさんの戦闘機が飛んでいくのを見たそうで、飛行機に手が届きそうだった、と言う。

「兵隊にとられた父親と面会するために、母親に連れられて京都に行ったんや。鮮明に覚えてるのは、男の人が自分を抱き上げてくれたこと。
今でもはっきり思い出せるけど、あれが父親かどうかは、わからん」

って、ことはお父さんとはその後、会ってないんだろう、と思いつつ
「お父さんは帰ってこなかったんですか」と聞いたら
「そんなもん、すぐ死んでもちゃぁら」と言う。

こういう話を聞くたびに、戦争って、とても昔のことみたいに思ってしまうのだけれど、そうじゃないんだな、と反省する。
この間も、「私の父は戦艦大和に乗っていて死んだんよ」という女性に会って、衝撃を受けたんである。
その女性は、「男たちの大和」なんて映画は絶対に見たくないと言っていた。自分の父親が戦艦大和で死んでいたら、私だって見られない。

運転手さんは、戦死した父親の実家が和歌山にあったので、母親と二人で尾道から移住してきたのだと言った。
「食いぶちが増えたって嫌がられたけど、まぁ、日本中みんな貧しかった時代やさけな」

高校を卒業してからは、住友金属に就職し、定年まで勤めたそうなので
「そやけどおっちゃん、大きい会社に就職できてよかったなあ」と言ったら「そうょ」と笑った。
「高校ら行かんと働いて母親助けて…と思てたんやけど、母親に高校へ行けて言われてな」

そうこうしていると家についてしまったので、もっとしゃべってたかったわと思いながらお金を払った。
「もうお姉さんとも死ぬまで会うこたぁないわよ」と運転手さんが言ったので「わからんで」と答えると「いや、タクシーちゅうんはそういうもんよ、こんな人やったらもう一回会いたいなぁと思ても、なかなか会えんで」と。

「一期一会」という言葉を思うのは、こういう時。
酔っぱらって乗ったタクシーほど、それを強く思うことはない。



posted by パサラン at 01:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

● 半日の閑

苦しかった仕事も山場を越えて、ほっと一息。こうなってくると俄然楽しくなってくる。

まわりから見ると、休みなく地味な作業をしている私などたいそう気の毒に見えるのはわかっているので、大っぴらには言わないが実は…私は楽しい。

「楽しい、楽しい」と言うとまた嫌われるので、しんどそうなフリをしているだけである。(しんどくて半泣きだった時もあったけど)

今日は夕方から津名道代先生宅に行って、楽しい楽しいと言いまくってきた。
津名先生は「何であれ、おのれ一人で作る仕事は楽しいもんよ」と一言。
「それはエクスタシーなのよ。地獄も見るけどやめられへんわ」とも。
今までこういう話の出来る人はまわりにいなかったので、このタイミングで先生と出会えた私は何て幸福かと思う。

数時間おしゃべりしていたら先生が「客は半日の閑を得れば、あるじは半日の閑をうしなう」と嵯峨日記の一節をレクチャーしてくれたのでそそくさと退散。


posted by パサラン at 21:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月23日

● おまいり

今日は朝から氏神さまにお参りをした。
ちょっと困った事が起きていて、気分が落ち込んでいるので運気をあげようかなと。
神様に問題解決をお願いするわけではないけれど、こんな目にあうのも何か理由があるのだろうと思ったら何だかお参りしたくなったのだ。

その問題というのは、まぁ、お願いしていた原稿がもらえないとかそういうことで、ここに書いたらまったく大したことではないけれど、現実問題としてこのままもらえなかったら非常に困る。
どうすんのよ?と思って不眠気味。

境内に立ち、光の中で勢いたっぷりの木々に囲まれていると、なんていうか、心がふわふわになってきて「ま、なるよになるやろ」という気になってきた。
自分の力で補えるところは努力するけれど、どうしようもない事は手放して、神意にゆだねるしかないわけで。


posted by パサラン at 20:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする