続いて、「佐治兵衛と山の神」という伝説に出てくる「森の尾」というところに案内してもらった。猟師と山の神が「おがりくらべ」をしたという場所である。(おがる、とは土地の言葉で叫ぶという意味)
実は小谷さん、西垣内の在所の方で、奥龍神の昔話をご自分で書いておられる。見せていただくと、原稿用紙に手書きしたものを綴じ、厚紙の表紙をつけたものだった。表紙にはなんと、色鉛筆でうっすらと河童の絵まで!
「佐治兵衛(さじべえ)と山の神」と「出合い淵のゴウラ」の2冊。
これらをお借りしてテキストデータにしたものが、以下である。
小谷さんに「ブログにアップしてもいいですか?」と聞いたら、「かまへんよ、なんも悪ぃこと書いてない」と言ってくれたので、まずは佐治兵衛からどうぞ。
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佐治兵衛と山の神
文・小谷博史さん
この話は今からおよそ二百年ほども昔、この大熊でほんとうにあった事なのです。ここには龍神スカイラインから流れてきている古河谷(こがわだに)と呼ばれる川があり、川の入り口から2キロほどの所に西垣内(にしがいと)という里があって、いりくんだ山々と深い谷にはさまれるように、八軒ほどの家がひっそりと生活をしておりました。毎日毎日、わずかばかりの田畑を耕したり、山からたき木を背負ってきたりの生活で明け暮れておりました。
そんな人々の中に、一人だけ畑を耕すでもなし、たきぎを一荷(いっか)背負うのでもなし、毎日毎日、山でけものを追って日を送っている男がいました。その人の名前は佐治兵衛と言って、猟師仲間では名を知られた腕のいい猟師でした。えものを追って走るときは犬よりも速く走り、その鉄砲にねらわれたが最後、百に一つ、いや、千に一つも助かる目はなしというほどの腕でしたので、いつの間にか佐治兵衛が今までに仕留めた獲物は、いのしし、鹿、熊、合わせて千頭ちょうどにもなっていました。
この頃の猟師たちは、自分の仕留めたえものは、その都度、紙に書き留めておきました。もし自分の一生のうちに千匹のえものを仕留める事ができたなら、千匹供養をして、それまで命をうばったけものたちの霊をなぐさめましょう、という猟師の間での掟のようなものがあったのです。
ある日、佐治兵衛は自分が今まで仕留めたえものの数を勘定してみて「えらいもんじゃ、もう千匹もとったんか。こりゃ、千匹供養をせにゃならんけど、今は銭もないし、どうしたもんじゃろう」と思いながら愛用の鉄砲の手入れをしていました。そして、ふとひざを叩いて「そうじゃ、今日はまだ陽も高いし、ええ“ししやま日和”じゃ。こいからなんど、一匹とってきて、そいつ売った銭で千匹供養したらええわい」。
そう独り言をいいながら、鉄砲の火縄に火をつける炭火を、どびんの古いのに入れると上から灰をかけ、わらじをはき、使いなれた鉄砲をかつぐと、山奥へと入って行きました。
その日はどういうわけか、えものらしいえものにも出会わず、ずいぶん歩いていつの間にか、阿里郷(ありごう)という所まで来ていました。その時ふと佐治兵衛は「おかしい。今日はなぜえ、こがいに静かなんじゃろう」と思いました。
今までどうも思わなかったのに、立ち止まって耳をすませてみても、鳥の鳴き声はおろか、川の音まで消えて、おまけに木の枝も絵のように動きを止めて、そよとも風のない不思議な景色の中につつみ込まれているのに気づきました。
それでも、今まで数多く不思議な事に出会いながらも切り抜けてきた、肝っ玉のすわった猟師なので、気にせずえものを探しながら山の中を歩いて行きました。
阿里郷の森の尾(もりのお)と呼ばれる場所にさしかかった時のこと。そこは阿里郷谷と古河谷の本流とが出会う所で、大きな木が生え茂り、昼でも霧の発生する、ひんやりとした薄暗い所なのです。
その山道に、何か白くて長ったらしいものが寝そべっていました。近づいてよく見ると、驚いたことにそれは、大しらがのじいさんでした。さすがの佐治兵衛も「どうしょうかいな。踏み越えて行こか。いや、もどろうかいな」と思案していると、そのじいさんがむっくり起き上がって、にたりにたりと佐治兵衛の方を見て笑うのです。
佐治兵衛はもう、このじいさんに背中を向けて引き返す事は、ここでじいさんに食われるよりも恐ろしい気がしました。「ええい、どうにでもなれ」と覚悟を決めて、せいいっぱい目をむいてじいさんをにらみつけました。
だんだんと落ち着いてきて、よくよく見ると、そのじいさんの大きい事。背たけは一丈(3メートル)ほどもあり、目はほおずきのように丸く、真っ赤で、鼻はわしのくちばしのようにとがり、口と言えば、大きな真っ黒い牙が林のようにはえていて、頭も顔も一面に針金のような白髪で、それはそれは恐ろしい形相でした。
佐治兵衛は今さらながら、千匹供養もしないで狩りに出かけてきた事を後悔しました。そして心の中で「えらいもんに出会ったもんじゃ。もうわしも、ここでやられるかわからん」と思いました。
するとじいさんが「佐治兵衛、お前は今、えらいもんに出会ったもんじゃ、やられるかわからん、て思よるなぁ」と言うのでびっくりして「こいつはあかん。人の言わん事でも知っとる。見通しじゃぁ」と思いました。するとまた、「佐治兵衛、こいつはあかん、人の言わん事でも知っとる、見通しじゃぁ、って思よろうが」とぬかしくさるので、佐治兵衛は、もう何も思わんとこうとだまりこみました。
しばらく黙っていると、じいさんが「佐治兵衛、こがいに黙っておっても、おもしろうない。どうじゃ、わしと“ひしりくらべ”(大声を出しあって競うこと)をして、お前が勝ったら助けちゃる。わしが勝ったら、おまえを食うぞ。どうじゃ」と言いました。
佐治兵衛はもう、覚悟しているし「せんと言っても、どうせ助けてはくれん。どっちみち殺されるんなら、ひしりくらべでも何でもやっちゃれ」と思い、「よっしゃ。そのかわりおじい、おじいがひしる時は、わしゃ耳ふさぐぞ。そんでわしがひしる時は、おじいの目をふさいでくれ。ほいたらやるさかい」と言うと、じいさんは「おうおう、おまえの言うようにしちゃろうぞ」と言いました。
佐治兵衛は、腹巻きの中の八幡様のお守りの中から、お守り札を取り出すと、二つに引き破って両手の人差し指に巻き付けると耳にせんをして、「さぁおじい、おじいからやってくれ」と言いました。
おじいは三尺(1メートル)ほども伸び上がって、空気を腹一杯に吸い込むと、暗いほら穴のような口を開けて大声でひしり出しました。
「うぉおぉおおおおおぉ〜!」
佐治兵衛はお守りのおかげで何も聞こえませんでしたが、じいさんの前にある木という木は地面につくほどにしなりこみ、葉っぱは一枚残らず散ってしまいました。向かいの山を見れば、あちこちで山崩れおこり、緑だった山は見る見る赤土が崩れ落ち、岩がむき出しのがけ山に変わっていきました。
ずいぶんと長い間、じいさんは大口を開けていましたが、だんだんと口がすぼんできて、近くの木も折れ残ったものは起き上がってきて、やっとじいさんの口が閉じました。
佐治兵衛がおそるおそる耳から指を抜くと、じいさんは「佐治兵衛、きさまは、ましなやつじゃ。今までわしがひしったら、たいがいのやつは死んでしもうたもんじゃけど、きさまはこたえんなぁ。よし、今度はきさまじゃ。やれ」と言いました。
「ほんならおじい、目をふさいでくれよ」と佐治兵衛が言うと、じいさんが松の根っこのような両手で目をふさぎました。佐治兵衛は自分の帯をほどいて、その手ごとじいさんの頭をぐるぐる巻きに巻いてしまいました。そうしておいてから、これも魔除けのために肌身はなさずお守りの中に入れて持っていた、八幡様の八の字を刻んだ弾丸を鉄砲にこめました。
心の中で「弓矢八幡、どうかこの身をお助けください。今日限り、二度と鉄砲は手にしません。再び殺生はいたしません」と念じながら、じいさんに向けて引き金を引きました。「ばーんっ!」という音と、煙がうすれると共に、じいさんの姿は消えてなくなってしまいました。
佐治兵衛はしばらくの間、ぼんやりとしていましたが、やがて気を取りなおすと、家に向かって歩き出しました。今までのことは夢だろうかと思って、歩きながらあたりをみまわすと、すさまじい山崩れのあと。木は根っこからひっくり返り、川は崩れ落ちた赤土で真っ赤ににごって、夢ではない事をはっきりと示していました。
やっとのことで我が家に帰り着くと、すぐさま、となりの家へ行って訳を話してお金を借りました。そして愛用の鉄砲をかついで大熊の龍蔵寺へ行き、和尚に頼んで今まで自分が命をうばった千匹のけものに供養を施すと、鉄砲を寺に納めました。
その鉄砲は普通の鉄砲と違って、台が三寸(10センチ)ばかり長かったので、のちの人々から佐治兵衛筒(さじべえづつ)と呼ばれるようになったそうです。
また、佐治兵衛が出会った白髪のじいさんは、山の神が彼の思い上がりを正すために姿を現したのだと人々は語り継ぎました。
その後、龍蔵寺が、ある時期に無住となった時、他の色々な宝と共に佐治兵衛筒も行方知れずとなってしまったそうですが、今でも阿里郷の森の尾と言われる場所の向かいの山は、人はおろか、山のけものさえ、近寄りがたいがけ山となって残っています。
(おわり)
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ううむ。この表現力。山の神のビジュアルが目に浮かぶ。
「じいさんが松の根っこのような両手で目をふさぎました」なんて、書けますか、ふつう…。
私はこれを読ませてもらって、人間の想像力や表現力を磨くのは「自然」なのだと、本当にわかった気がする。自然を身近に感じながら暮らしている人にしか出来ないことって多いなと。
さて、現場は山の神と佐治兵衛が出会って、おがりくらべをしたあたり。「森の尾」を望む、車道に立つ。
山の神が「うぉおぉおおおおおぉ〜!」とおがると、向かいの山に崖崩れが起きたという…。
「その崩れたところが、あの山やな」
小谷さんがさくっと指をさした。
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【メモ】
● 高野龍神スカイラインの建設中に、小谷さんは現場(森の尾付近)に弁当を届ける仕事をしていた。その時、熊と出くわして、現場監督が転げ落ちてきた。仁王立ちになって、うおーっとあいた熊の口が真っ赤だった。熊もまた、人間が怖いから逃げた。
●「きさまはマシなやつじゃ」という山の神の言葉もわたしは気に入っている。誰かに言ってみたくて疼く。