夏も本番な感じになってきたので、昨日は夕方から海へ。
はだしで砂浜を歩くと、エネルギーレベルが高まるとか、魂が浄化されるとか、波動が何とかかんとか、と聞いたことがないですか?
私はあるです。
西に夕日、東に月、足もとの波を蹴散らしながらでもくもくと歩く。
体の中のマイナス波動が出ていく、らしい。
邪気も出ていく、らしいのだけれど、出していいのか邪気?
邪気のない私に、一体何ができよう。
それにしても、思い立ったらすぐに波間をじゃぶじゃぶ歩けるなんて、都会暮らしでは味わえない贅沢だと思う。
こういう暮らしを私は気に入ってるのだから、地方でできるコトをこれからも考えていかないとね。
そんなことを思いながら、たくましい足どりで散歩。
生まれた場所の良さがわかるようになったのは、ここ数年のことだ。
大阪にこんなに近い地方都市でありながら、よくぞ、取り残されてくれたと思う。
関空が出来ても扇風機の裏側で、ホコリしか舞ってこない。
が、しかし和歌山のウリはどう考えても「取り残されました」でしょう。
後追いしてもどうせ中途半端なんだから、もう諦めて開き直るがよろし。
県の広報誌も「取り残されちゃったけど、逆に良かったかも」みたいな方向性で作ればいいのに。
(2年連続でコンペに落ちたので、おいらは作らせてもらえないんだけど)
そういえば先日、大阪梅田の地下街で、県庁の人が和歌山をPRするイベントをしているところに偶然通りかかった。
「そうか、県はこんなこともやってるのか、へえ」と思いつつ遠巻きに見た。
若い女の子が熊野びくにの格好をして、「和歌山は何でもあります〜。梅干しとか世界遺産とかありますし、来てくだすぁい」みたいな事を作り笑顔で言ってる姿が痛々しい。
世界遺産はともかく、「梅干しを食べに和歌山に行こう!」って人はいるのだろうか。
いたら歓迎するので、いらはい、いらはい。
2008年07月14日
2008年07月02日
●Macゴミ
仕事がバタバタとやってきて、なかなか終わらない。
ありがたい気持ちもじょじょに失せてるけど、ありがたいと思わねば。
そういえば数日前、てんやわんやの最中に私のパソコンが壊れた。
作業中に突然シャットダウンされるというトラブルが続いていたので、ヤバいんでないの?と思っていたのだが。
起動する途中でぶちっと切れてしまって、ついに立ち上がらなくなってしまった。
急ぎの仕事を抱えていたし、慌ててN氏(私のMacの面倒を長年見てくれてる方)に電話。
で、すぐにN氏が来てくれて診断した結果、こりゃもうお陀仏だと言うので、ハードディスクを取り出してもう一台のデスクトップの方に、外付けでつないでもらって今に至る。
こういうトラブルは周期的に起こるけど、その都度寿命が縮まる思いがするね。
解体されてバラバラになったノートパソコンの死骸みたいなのが今、部屋のすみにあるんだけど。
わりと高価で、色々なことが出来て、あんなに賢かったのも今は昔。
諸行無常な感じ?
ありがたい気持ちもじょじょに失せてるけど、ありがたいと思わねば。
そういえば数日前、てんやわんやの最中に私のパソコンが壊れた。
作業中に突然シャットダウンされるというトラブルが続いていたので、ヤバいんでないの?と思っていたのだが。
起動する途中でぶちっと切れてしまって、ついに立ち上がらなくなってしまった。
急ぎの仕事を抱えていたし、慌ててN氏(私のMacの面倒を長年見てくれてる方)に電話。
で、すぐにN氏が来てくれて診断した結果、こりゃもうお陀仏だと言うので、ハードディスクを取り出してもう一台のデスクトップの方に、外付けでつないでもらって今に至る。
こういうトラブルは周期的に起こるけど、その都度寿命が縮まる思いがするね。
解体されてバラバラになったノートパソコンの死骸みたいなのが今、部屋のすみにあるんだけど。
わりと高価で、色々なことが出来て、あんなに賢かったのも今は昔。
諸行無常な感じ?
2008年06月21日
●快楽物質
日々、取材と原稿書きに明け暮れている。睡眠時間を極限まで削って、食事は主に台所で立ち食い。主婦業は必要最低限の家事のみ。家族の協力がなければムリ。
そんな中で昨日、以前から決まっていた飲み会があったので、夕方1時間ほどソファーで仮眠をしてから出かけていった。ビールを呑みながら、仕事のことを色々とレクチャーしていただいたわけ。とても有意義だった。色んな面で自分の未熟さを痛感したけどね。
怒濤の原稿書きは、あと1週間続くのであまり更新できないかもしれないけれど、また書きます。
こういう生活はお肌に悪いので早く終えたいと思うけれど、でも仕事中は脳から快楽物質が出てるはずなので案外いいかもしれない。体は弱っていってて頭はらりらりな感じです。
苦しくって変に気持ちいいというマゾヒスティックな日々ですね。
そんな中で昨日、以前から決まっていた飲み会があったので、夕方1時間ほどソファーで仮眠をしてから出かけていった。ビールを呑みながら、仕事のことを色々とレクチャーしていただいたわけ。とても有意義だった。色んな面で自分の未熟さを痛感したけどね。
怒濤の原稿書きは、あと1週間続くのであまり更新できないかもしれないけれど、また書きます。
こういう生活はお肌に悪いので早く終えたいと思うけれど、でも仕事中は脳から快楽物質が出てるはずなので案外いいかもしれない。体は弱っていってて頭はらりらりな感じです。
苦しくって変に気持ちいいというマゾヒスティックな日々ですね。
2008年06月12日
●気のもちようで
お金ないけど毎日楽しいからいいかな〜と環境に適応していたら、ある方から仕事をいただいた。ありがとうございます。
夏を地味にすごそうと思ってたけど、沖縄ぐらいなら行けそうな感じ。
先が見えないというのも、悪くないな。まぁ、うまく転べば、だけど。
「私は私の人生が本当に気に入っていて、申し訳ないくらいだ。こんなの気の持ちようにちがいないから、頼むからみんなもそう思ってほしい、とたまに心から思う。」
これは吉本ばななの小説「アムリタ」の中のコトバ。
そうそう!と共感するので、
「頼むからみんなもそう思ってほしい」と私も思うのだけれど
それはやっぱり傲慢だろうね。
夏を地味にすごそうと思ってたけど、沖縄ぐらいなら行けそうな感じ。
先が見えないというのも、悪くないな。まぁ、うまく転べば、だけど。
「私は私の人生が本当に気に入っていて、申し訳ないくらいだ。こんなの気の持ちようにちがいないから、頼むからみんなもそう思ってほしい、とたまに心から思う。」
これは吉本ばななの小説「アムリタ」の中のコトバ。
そうそう!と共感するので、
「頼むからみんなもそう思ってほしい」と私も思うのだけれど
それはやっぱり傲慢だろうね。
2008年06月04日
●名草山な日々に
なかひらまいさんのお話会は、私の予想をはるかに超える人が集まった。
口コミだけで、名草戸畔というキーワードだけで、こんなに集まるものなのか!?とびっくり。
魂レベルで共鳴したのかも。
なかひらさんの思いや熱意が声から伝わってきたし、参加者の話も印象深かった。
ことに、長年にわたって名草戸畔を研究されてる小薮さんが「ここに集まった人の中にも名草の血が流れているんです」と言った時は鳥肌がたった。
ああ言い切られてしまうと、妙に肝が据わったというか、なんというか。
私にも名草の血が入っているんなら、そりゃ今の社会で生きにくいだろうよ、と納得したりして。
しかも、うちの場合は母方の祖父が名草山東麓の出身で、親族の墓は今も名草山にある。母もいずれ死んだら名草山の墓地に入る予定。それが本人の強い希望なので。
ところで、お話会には大どんでん返しがあって、私はなかひらさんと救急車に乗って会場を去った。
ピーポーピーポーで幕はおりたわけなんだけれど、そのせいもあって今、やっぱり不思議なご縁を感じている。救急車に並んで座るなんて事は滅多にないでしょ、だって。
(詳しくはなかひらさんのブログや、STUDIO M.O.G.の社長日記でどうぞ)
http://spoochan.exblog.jp/
http://www.studiomog.ne.jp/diary/

名草山の女王伝説は以下です
http://pasaran.seesaa.net/article/88793167.html
口コミだけで、名草戸畔というキーワードだけで、こんなに集まるものなのか!?とびっくり。
魂レベルで共鳴したのかも。
なかひらさんの思いや熱意が声から伝わってきたし、参加者の話も印象深かった。
ことに、長年にわたって名草戸畔を研究されてる小薮さんが「ここに集まった人の中にも名草の血が流れているんです」と言った時は鳥肌がたった。
ああ言い切られてしまうと、妙に肝が据わったというか、なんというか。
私にも名草の血が入っているんなら、そりゃ今の社会で生きにくいだろうよ、と納得したりして。
しかも、うちの場合は母方の祖父が名草山東麓の出身で、親族の墓は今も名草山にある。母もいずれ死んだら名草山の墓地に入る予定。それが本人の強い希望なので。
ところで、お話会には大どんでん返しがあって、私はなかひらさんと救急車に乗って会場を去った。
ピーポーピーポーで幕はおりたわけなんだけれど、そのせいもあって今、やっぱり不思議なご縁を感じている。救急車に並んで座るなんて事は滅多にないでしょ、だって。
(詳しくはなかひらさんのブログや、STUDIO M.O.G.の社長日記でどうぞ)
http://spoochan.exblog.jp/
http://www.studiomog.ne.jp/diary/

名草山の女王伝説は以下です
http://pasaran.seesaa.net/article/88793167.html
2008年05月27日
●鹿ヶ瀬峠の向こう側
またまた仕事がヒマになったので、来月以降の収入を思うと楽しくない。夏は地味にすごそうと思う。
それでも有り難いことに、まったく仕事がないわけでもないので今日は御坊市に取材で行ってきた。
撮影をしてくれるヤマナゴ女史から今日は同行できぬと連絡があり、仕方がないので一人で向かった。写真は自信がないし、撮影するのも嫌いだし、ちょっと不安な気持ちを抱えつつ。
御坊市は和歌山県の中部、日高川の河口に開けたのどかな町だ。
和歌山市から車で南に向かうこと約1時間。このあたりまで来るとガラリと様子が変わって、とんと南である。
海や空の青、山々の緑、海から吹く潮風の感じがそこはかとなく南国の風情。
その昔、熊野古道を歩いてきた人々も、御坊あたりで「おっ?」と思ったのではないだろうか。和歌山の北部とは、明らかに違う気配を感じて嬉しくなったはずだ。
高速をすっ飛ばしてきた私でも、南を体で感じる瞬間は、開放感たっぷりで「ふ〜」と力が抜けるのだから。
まずは市役所に立ち寄って地図をもらった。
それから神社や仏閣、遺跡、日高川、海岸など、お昼も食べずに市内をかけずり回る。
御坊の魅力の一つは、くねくねした路地と、古くからの商店街だと思う。車が通りにくいので、今はめっきりさびれてしまい、元商店街と言ったほうがいいかもしれない。
それでも曲がり角からやたらと老人や子どもが出てきて、妙に賑やかだった。

夕暮れ近く、ぐったり疲れて北に戻る。
国道を走っていたら「原谷」という標識を発見。行ったことはないが、かねてより気になっていた地域だったので、思わずハンドルをきってしまった。
原谷は全国一の黒竹(くろちく)の産地で、鹿ヶ瀬峠の麓にある山間の集落だ。
私は以前、反対の北側から熊野古道を鹿ヶ瀬峠まで登ったことがある。その時は山頂で引き返したが、そのまま古道を下ってゆくと原谷に着くはずだった。(以前の記事は以下です)
http://pasaran.seesaa.net/article/30499531.html
http://pasaran.seesaa.net/article/35090915.html
ところが今日、原谷で道を間違えて、とんでもない山の中に入ってしまった。
落石あり、伸び放題の雑草ありのくねくね道で、怪しくも危険。
目の前に手掘り感たっぷりの極細トンネルが出てきた時は、さすがにひるんだ。
「錆びたツルハシ落ちてるんちゃうん?」と緊張しながらトンネルを超えると道は下りになり、少々広い道に出た。広いとはいえ、車が対向できる幅はない。
こんな所、誰も来ないだろうと思って余裕で走っていたら、前方から大きなトラックがきた。近くに採石場があるようだ。
一本道でトラックと向き合ってしまい、先方が動かないので仕方なく私がバックした。
自慢じゃないが私は、山道でのバックが得意だ。びゅんびゅん下がって広い所で待っていたら、トラックを運転してきた60歳ぐらいの坊主頭のおじさんが、窓から手を出してシャキッとVサイン。
「へ?」とは思ったけれど私もにっこり笑ってVサインを返したら「後ろ、あと2台くるっ」とだみ声で叫ばれてしまった。
2とVサインはややこしい、と思いつつなおも下ると眼下にぽっかりと海。和歌山は本当によい所だと思う。
それでも有り難いことに、まったく仕事がないわけでもないので今日は御坊市に取材で行ってきた。
撮影をしてくれるヤマナゴ女史から今日は同行できぬと連絡があり、仕方がないので一人で向かった。写真は自信がないし、撮影するのも嫌いだし、ちょっと不安な気持ちを抱えつつ。
御坊市は和歌山県の中部、日高川の河口に開けたのどかな町だ。
和歌山市から車で南に向かうこと約1時間。このあたりまで来るとガラリと様子が変わって、とんと南である。
海や空の青、山々の緑、海から吹く潮風の感じがそこはかとなく南国の風情。
その昔、熊野古道を歩いてきた人々も、御坊あたりで「おっ?」と思ったのではないだろうか。和歌山の北部とは、明らかに違う気配を感じて嬉しくなったはずだ。
高速をすっ飛ばしてきた私でも、南を体で感じる瞬間は、開放感たっぷりで「ふ〜」と力が抜けるのだから。
まずは市役所に立ち寄って地図をもらった。
それから神社や仏閣、遺跡、日高川、海岸など、お昼も食べずに市内をかけずり回る。
御坊の魅力の一つは、くねくねした路地と、古くからの商店街だと思う。車が通りにくいので、今はめっきりさびれてしまい、元商店街と言ったほうがいいかもしれない。
それでも曲がり角からやたらと老人や子どもが出てきて、妙に賑やかだった。

夕暮れ近く、ぐったり疲れて北に戻る。
国道を走っていたら「原谷」という標識を発見。行ったことはないが、かねてより気になっていた地域だったので、思わずハンドルをきってしまった。
原谷は全国一の黒竹(くろちく)の産地で、鹿ヶ瀬峠の麓にある山間の集落だ。
私は以前、反対の北側から熊野古道を鹿ヶ瀬峠まで登ったことがある。その時は山頂で引き返したが、そのまま古道を下ってゆくと原谷に着くはずだった。(以前の記事は以下です)
http://pasaran.seesaa.net/article/30499531.html
http://pasaran.seesaa.net/article/35090915.html
ところが今日、原谷で道を間違えて、とんでもない山の中に入ってしまった。
落石あり、伸び放題の雑草ありのくねくね道で、怪しくも危険。
目の前に手掘り感たっぷりの極細トンネルが出てきた時は、さすがにひるんだ。
「錆びたツルハシ落ちてるんちゃうん?」と緊張しながらトンネルを超えると道は下りになり、少々広い道に出た。広いとはいえ、車が対向できる幅はない。
こんな所、誰も来ないだろうと思って余裕で走っていたら、前方から大きなトラックがきた。近くに採石場があるようだ。
一本道でトラックと向き合ってしまい、先方が動かないので仕方なく私がバックした。
自慢じゃないが私は、山道でのバックが得意だ。びゅんびゅん下がって広い所で待っていたら、トラックを運転してきた60歳ぐらいの坊主頭のおじさんが、窓から手を出してシャキッとVサイン。
「へ?」とは思ったけれど私もにっこり笑ってVサインを返したら「後ろ、あと2台くるっ」とだみ声で叫ばれてしまった。
2とVサインはややこしい、と思いつつなおも下ると眼下にぽっかりと海。和歌山は本当によい所だと思う。
2008年05月26日
●名草戸畔(なぐさとべ)
STUDIO M.O.G.のなかひらさんまいさんと社長、
それから写真家の小野田まりちゃんが予定通り旅立ったようです。
今は九州にいて、なかなか深くて濃い取材をされてるみたい。
和歌山には30日に来られますが、こちらでお話会も。
5月30日(金)18時30分〜
カンタ・デル・ソル
和歌山市毛見浜端996-2(浜の宮ビーチ前)
TEL 073-444-2239
参加費は無料
暮れていく海を眺めつつ、古代のお話を聞くのはいかが?
テラスからは名草山も見れますよ。
それから写真家の小野田まりちゃんが予定通り旅立ったようです。
今は九州にいて、なかなか深くて濃い取材をされてるみたい。
和歌山には30日に来られますが、こちらでお話会も。
5月30日(金)18時30分〜
カンタ・デル・ソル
和歌山市毛見浜端996-2(浜の宮ビーチ前)
TEL 073-444-2239
参加費は無料
暮れていく海を眺めつつ、古代のお話を聞くのはいかが?
テラスからは名草山も見れますよ。
2008年05月22日
●のっぺらぼうとカッパ
「印南(いなみ)町の山道で、のっぺらぼうを見たことある」
ぶらくり丁の端にある、屋根裏のような薄暗いバーで、右の隅に座っていた見知らぬ方がボソっと言った。
「どんなヤツでした?」と聞くと
「真っ暗な中でぴょんぴょん跳ねてた。それが奇妙な高さなんよ。目と鼻と口のところに、黒いテンテンがあった」
私が「ほぉ」とも「へぇ」ともつかぬ声を出すと、今度は左側の方が「ボクは紀ノ川の一銭橋からカッパが飛び込むのを見た」とおっしゃる。
一銭橋はそもそも、通行量として一銭払ったことからその名がついたらしいが、本当の名は南海橋。長らく市民に利用されてきた横幅の狭い古い橋だが5年ほど前に撤去された。
「夜、欄干のところに座ってたんよ。ドキドキしながら自転車で近づいて行ったら川にボチャンて飛び込んだ。足に水かきがあった。頭の皿まで見えなんだけど、あれはカッパや」
紀伊半島には妖怪がいるだろう、とうっすらとは思っていたのだが、やはり。
熊楠だって熊野でダルに取り憑かれたと書いている。
私自身は見たことがないのだけれど、いても不思議ではない。
山中を歩いていると、ふと霊気が漂っているような気がすることがあるし、数年前の紀伊民報でも「白浜町の畑にカシャンポの足跡が!!」との記事が掲載されたではないか。
ちなみにカシャンボとは一本足の妖怪のこと。カシャンボ疑惑が出たことも嬉しかったが、それをきっちり記事にしてくれる紀伊民報さんにココロ打たれた。
ところで、和歌山は他府県に比べて、妖怪と人間の中間みたいな方が多すぎると思うのだがどうだろう。
そこらへんの線引きが曖昧で、両者は微妙に混ざっているような……。熊楠も。
ぶらくり丁の端にある、屋根裏のような薄暗いバーで、右の隅に座っていた見知らぬ方がボソっと言った。
「どんなヤツでした?」と聞くと
「真っ暗な中でぴょんぴょん跳ねてた。それが奇妙な高さなんよ。目と鼻と口のところに、黒いテンテンがあった」
私が「ほぉ」とも「へぇ」ともつかぬ声を出すと、今度は左側の方が「ボクは紀ノ川の一銭橋からカッパが飛び込むのを見た」とおっしゃる。
一銭橋はそもそも、通行量として一銭払ったことからその名がついたらしいが、本当の名は南海橋。長らく市民に利用されてきた横幅の狭い古い橋だが5年ほど前に撤去された。
「夜、欄干のところに座ってたんよ。ドキドキしながら自転車で近づいて行ったら川にボチャンて飛び込んだ。足に水かきがあった。頭の皿まで見えなんだけど、あれはカッパや」
紀伊半島には妖怪がいるだろう、とうっすらとは思っていたのだが、やはり。
熊楠だって熊野でダルに取り憑かれたと書いている。
私自身は見たことがないのだけれど、いても不思議ではない。
山中を歩いていると、ふと霊気が漂っているような気がすることがあるし、数年前の紀伊民報でも「白浜町の畑にカシャンポの足跡が!!」との記事が掲載されたではないか。
ちなみにカシャンボとは一本足の妖怪のこと。カシャンボ疑惑が出たことも嬉しかったが、それをきっちり記事にしてくれる紀伊民報さんにココロ打たれた。
ところで、和歌山は他府県に比べて、妖怪と人間の中間みたいな方が多すぎると思うのだがどうだろう。
そこらへんの線引きが曖昧で、両者は微妙に混ざっているような……。熊楠も。
2008年05月21日
●出雲へ
土曜と日曜でバタバタと出雲大社に行ってきた。
60年ぶりにご本殿を拝観できるとのことだったので。
目的は天井に描かれた秘図「八雲の絵」を鑑賞すること。
朝9時、男女四人が大阪に集合して車で一路出雲へ。
そのうちのお二人(女性の編集者さんと男性のデザイナーさん)とは初対面だったのだけれど、何とも魅力的な方々で道中も楽しい。
一緒に旅をするならノリツッコミ&ボケを解する関西人やね。私ももっと精進しなくては。
途中、大山のパーキングエリアで「いったんもめんバスタオル」を見た。

いや、本当は買う気まんまんで行ったのだけれど、天井を飛んでいるいったんもめんバスタオルを見たら、気がすんだ。
「いかん、いかん。妖怪便乗商法に乗せられてはいかん」と思いつつ撮影。
ちょっと狙いすぎやし。
驚異的なスピードでお昼過ぎに出雲に到着したものの、大社前は長蛇の列。
待ち時間は4時間とのことで、行列の最後に並ぶと「本殿内は照明がないので絵が見られるかどうかわかりませんよ」と言われてしまう。
結局諦めて、翌日また出直すことにした。意地でも見るのだ。当たり前だ。
出雲そばを食べに「荒木屋」さんへ行くと、こちらも行列。
初めての出雲そばは、まことに美味で、段々に積み重なったおそばを上から食べていくスタイルは遊びゴコロをくすぐる。
また食べたいものである。
翌朝は早々に宿(関金温泉←おすすめ)を出て、3時間待ちでようやく本殿に入ることができた。階段をのぼっていくときの緊張感が、妙に新鮮。
八雲の絵は想像以上に大きくて、色鮮やかで、不思議すぎるデザインで、見入ってしまった。
最初に描かれたのはいつかわからないそうだが、現在の絵は1744年に描かれたもので実に264年前だとか。
ちょっと信じられないような、一生に一度の経験。
ご一緒させてもらえた方々にも、縁を感じてしまうし、今とても感謝しています。
面白い旅を、ありがとうございました。
60年ぶりにご本殿を拝観できるとのことだったので。
目的は天井に描かれた秘図「八雲の絵」を鑑賞すること。
朝9時、男女四人が大阪に集合して車で一路出雲へ。
そのうちのお二人(女性の編集者さんと男性のデザイナーさん)とは初対面だったのだけれど、何とも魅力的な方々で道中も楽しい。
一緒に旅をするならノリツッコミ&ボケを解する関西人やね。私ももっと精進しなくては。
途中、大山のパーキングエリアで「いったんもめんバスタオル」を見た。

いや、本当は買う気まんまんで行ったのだけれど、天井を飛んでいるいったんもめんバスタオルを見たら、気がすんだ。
「いかん、いかん。妖怪便乗商法に乗せられてはいかん」と思いつつ撮影。
ちょっと狙いすぎやし。

驚異的なスピードでお昼過ぎに出雲に到着したものの、大社前は長蛇の列。
待ち時間は4時間とのことで、行列の最後に並ぶと「本殿内は照明がないので絵が見られるかどうかわかりませんよ」と言われてしまう。
結局諦めて、翌日また出直すことにした。意地でも見るのだ。当たり前だ。
出雲そばを食べに「荒木屋」さんへ行くと、こちらも行列。
初めての出雲そばは、まことに美味で、段々に積み重なったおそばを上から食べていくスタイルは遊びゴコロをくすぐる。
また食べたいものである。
翌朝は早々に宿(関金温泉←おすすめ)を出て、3時間待ちでようやく本殿に入ることができた。階段をのぼっていくときの緊張感が、妙に新鮮。
八雲の絵は想像以上に大きくて、色鮮やかで、不思議すぎるデザインで、見入ってしまった。
最初に描かれたのはいつかわからないそうだが、現在の絵は1744年に描かれたもので実に264年前だとか。
ちょっと信じられないような、一生に一度の経験。
ご一緒させてもらえた方々にも、縁を感じてしまうし、今とても感謝しています。
面白い旅を、ありがとうございました。

